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施術事例② 悲嘆療法(グリーフセラピー) ~最期に会えなかった親友との再会。そして・・・~

今回はRebornのセラピストでもある川本浩司の、かつてのヒプノセラピーの施術事例について、お話したいと思います。

 

 

 

 

 1.親友ノリちゃんとの別れ

 

今現在は私はセラピストとして、悲嘆療法(グリーフセラピー)を始めとする、ヒプノセラピーを行う立場でもありますが、実は私自身もヒプノセラピーを実際に受ける側で、非常に印象深い体験がございます。

 

 

 

この体験は私の人生を大きく変える起点の出来事となったので、今回このお話をしたいと思います。

 

 

 

まず、この悲嘆療法を受けたキッカケですが、私自身が2009年に、ヒプノセラピーの先生の元に、ヒプノセラピーを学びに行ったところに遡ります。

 

 

その先生の講義の中には、悲嘆療法に関するレクチャーも含まれていて、ひと通り学んだ後、生徒同士で悲嘆療法の実践をする場がありました。

 

 

その際、私も被験者となって、実際に悲嘆療法の体験を行ってみました。

 

 

この状況では、被験者役をやるために、ただ単に受けてみた感じがするかも知れませんが、この学びの場と言うのは抜きにして、私自身どうしても、もう1度話してみたい友人の「ノリちゃん」がいました。

 

 

ノリちゃんは私にとって身近な存在だったのですが、もうこの世にはいません。

 

 

2003年に、乳ガンで27歳の若さで亡くなりました。

 

 

ノリちゃんは亡くなる2年近く前にガンを発症しましたが、その後調子が良くなったり、悪くなったりの繰り返しで、何とか頑張って生きていました。

 

 

ノリちゃんとは元々、頻繁に連絡は取り合っていましたが、2003年のある時期、少しだけ連絡の間隔が空いてしまったことがありました。

 

その直前、体調は落ち着いてきていると聞いていて、私もちょっと安心していて、正直油断していたところもありました。

 

 

・・・しかし、ノリちゃんはそのタイミングの最中、亡くなってしまいました。

 

 

体調は決して良い方向に向かっていたのではなく、本当はかなり悪い状態だったようです。

 

 

そのように私に話したのは、彼女なりの優しさであり、自分の弱った姿を周りに見せたくない、少し強がりなところもある、彼女らしい性格の表れでもありました。

 

 

 

しかしながら、ノリちゃんの最後のその状況に気づけなかったことに対して、私はすごく彼女に対して申し訳ない思いと、後悔の念を感じました。

 

 

そして、もし可能であれば、私はノリちゃんに対して謝りたい思いをその後ずっと感じつつ、生きておりました。

 

 

 

 

 

2.第1次カメラマン時代と、不慮のバイク事故

 

話は少し変わりますが、私は今現在、セラピストだけでなく、カメラマンとしても活動しております。

 

 

かつてセラピストになるずっと前ですが、私は2001年よりカメラマンだけの立場で活動していました。

 

 

しかし、カメラマンとしての活動は、1度辞めております。

 

 

実は私は駆け出しのカメラマンとして、ようやく頭角を現われつつあった時期に、不慮のバイク事故で大怪我を負い、その怪我が原因で仕事を一旦辞めざるを得ない状況になりました。

 

 

その事故に遭ったのは2003年だったので、彼女の亡くなった時期と非常に近い時期でした。

 

 

2003年当時、そんなショックな出来事が重なったのもあり、当時の私は心身共に大きな傷を負ってしまいました。

 

 

事故の怪我の回復まで1年近くを要したのもありましたが、色々なことが重なり、どこか抜け殻になってしまった当時の私は、カメラを再び持ち、1からやり直していく気力がなくなってしまいました。

 

 

 

結局、その後、カメラマンとして復活することなく、約6年間、全く別の仕事をやりつつ、私は生きていくことになります。

 

 

私自身も深い喪失感を感じた時期に、心理カウンセリングなどを受けてきた体験もありましたが、これら一連の出来事を通じて、心のバランスを保つことがいかに大切かということを痛感しました。

 

 

そして、私はもし自分の体験が、何か人の役に立てたらと感じて、2007年より本格的にカウンセリングを学び始めました。

 

 

以前からヒプノセラピーにも興味があったのもあり、その過程の中で、ヒプノセラピーも学ぶことになります。

 

 

それが正に、2009年にヒプノセラピーを学びに行ったところにつながっていきますが、その中で、先ほどお話しした悲嘆療法の実践の場につながっていきます。

 

 

 

 

 

3.悲嘆療法のセッション ~ノリちゃんとの再会。そして・・・~

 

私としては、亡くなったノリちゃんに謝りたい思いが、6年経った当時でも残っていたので、その思いを彼女に直接どうしても伝えたくて、ノリちゃんに会いたいことをセラピスト役の方に伝えました。

 

 

それで、私の胸の中に今でも残っているノリちゃんへの申し訳なさであったり、後悔の思いが遂げられていけばいいなと強く感じまして。

 

 

 

そして実際に、悲嘆療法のセッションを行ってみましたが、まず最初にいくつかのイメージワークを用いて、私がより良く催眠を受けやすい状態にしてもらいました。

 

 

その後、イメージワークの続きで、高原の上にあるお花畑の場面に入っていきます。

 

 

その風景の中には1軒の小屋があり、私はその小屋の中に入っていきます。

実はこの小屋は、私にとってもう1度会ってみたいスピリット(魂)に会える可能性のある場所となります。

 

 

 

ちなみに、誤解ないようにお話ししておきますが、ここでは、必ずしも自分が会いたいスピリットに確実に会える訳ではございません。

 

自分に関係のある既になくなった方のスピリットですが、自分が思っていた方とは別の方が現れる可能性もございます。

 

 

 

この時は、私のすぐ目の前に現れたのは、正に会いたいと感じていたノリちゃんでした。

 

 

私はノリちゃんと生前最後に出会って以来、6年振りに会うことができました。

 

 

最後、亡くなる時に会えなかったので、すごく胸が熱くなるような何とも言えない気持ちになりました。

 

 

話したいことはいっぱいあるはずなのに、対面してすぐは言葉が出てこなかったです。

 

 

少ししてからですが、亡くなる直前、本当は病状がかなり悪かったのに、その状況に気づけなかったことを謝りました。

 

 

 

すると、ノリちゃんは私に言ってくれました。

 

 

「私、全然気にしていないよ。むしろ、私は自分のそんな弱った姿を人に見せたくなかったからね。だから、気にしないでね。」

 

 

ノリちゃんからこの言葉を聞いてすぐに、私は胸の中にあった長年のつかえが取れたと言うか、深い霧が晴れていくような感覚を覚えました。

 

何だか罪の意識が消えていくような、救われた感覚にもなりました。

 

 

 

そして、その後、ノリちゃんは私にこう言いました。

 

 

「それよりも、コージー(私の愛称)。何かやり残した事があるんじゃない?」

 

 

 

その言葉を聞いて、私はすぐにノリちゃんの言葉の意味を察しました。

 

 

ノリちゃんの生前、私は駆け出しのカメラマンとして、必死に頑張っていました。

 

ノリちゃんと夢を語り合うことも度々ありましたが、私が彼女に語っていた夢とは、自身の個展(作品展)を行うことでした。

 

 

その作品展もただの写真展ではなく、オリジナルの作品スタイルでの作品展です。

 

 

私は以前に音楽活動をしていて、レコード会社に作詞家として所属していたこともありましたが、その関係で、写真と作詞を合わせた「写真詞集」という作品スタイルで、自身の作品制作も行っていました。

 

 

その写真詞集展を個展として行うのが、生前に彼女に話した私の夢でしたが、その実現の前に私はバイク事故に遭い、カメラマンも辞めてしまっています。

 

 

 

その時点(悲嘆療法のセッション時)でもカメラマンからは完全に足を洗った状態で、作品制作も数年間、全く行っておりません。

 

 

 

そういった状況ながら、私はついノリちゃんに「今からちゃんと実現させるから」と言いました。

 

 

ノリちゃんはその言葉を聞くと、再び遠くに帰っていきました。

 

 

 

 

 

4.6年ぶりに再び動き出した時計の針

 

ちなみに悲嘆療法では、自分に関係のあるスピリットと話した後、そこから少し先の未来を覗き見ることもできます(フューチャーペーシング)。

 

ずっと心に引っかかったつかえが取れた状態で見る、未来の自分の姿とでもいうのでしょうか。

 

 

 

私も少し先の自分の未来を見てみましたが、そこに繰り広げられた光景は半年後の光景で、先ほど話した個展(写真詞集展)の会場の光景でした。

 

 

すごく明るく優しい日差しの差し込んでくるギャラリーで、私の写真詞集の作品が並んでいます。

 

 

そこで私は、長年の夢をやり遂げた自分の気持ちを確認することができました。

 

 

 

その後、催眠を解いてもらい、悲嘆療法のセッションは終了となりましたが、ただ単に当初抱いていたノリちゃんに対する申し訳ない気持ちと後悔が解消されただけではありません。

 

 

自分がやり残していたこと、目を背けていたことをノリちゃんから教えられて、悲嘆療法を受けた直後、私は6年振りにカメラマンとして、再び復活することを決意しました。

 

 

 

そして同時に、フューチャーペーシングで見た光景でもある、私の個展(写真詞集展)を半年後に開催することも決めました。

 

 

この作品展では過去にまだ私が活動していた頃の作品だけでなく、復活後の作品も新たに作成して展示することにもしました。

 

 

6年間のブランクがあったので、作品がまた作成できるかといった不安や、そもそも個展自体が私にとって初めての体験だったので、本当に無事に開催できるかといった不安もプレッシャーもありました。

 

 

 

しかし、悲嘆療法の中でノリちゃんと約束を交わした影響力は、私が想像した以上にすごく強く、まるで私に何かが乗り移ったかのように、必死で新たな作品を作り上げていきました。

 

 

 

そして正に、フューチャーペーシングで見た半年後の2010年3月、私にとって初の個展(写真詞集展)を東京・池袋のギャラリーにて、開催することができました。

 

 

本当にフューチャーペーシングで見た未来の光景が、現実のモノとなりました。

 

 

実際の個展は、告知をそれほど行っていなかったにも関わらず、約150名の方に集まっていただき、想像以上の反響で、作品を見ていただいた方々にとって、心にかなり響いた作品展となりました。

 

 

そして、この作品展がキッカケで、私はプロカメラマンとして再び歩み始めることができました。

 

 

 

今思えば、私が受けた悲嘆療法のセッションは、私にとって6年間止まっていた時計の針を動かすキッカケとなったモノですし、その後の人生を動かす、かなり貴重な大きなとなりました。

 

 

 

今回の施術事例は、私自身の被験者としての体験を書かせていただきましたが、実際、私自身も今現在はセラピストとして、悲嘆療法をさせていただく立場で、セッションを行わせていただいております。

 

 

今回お話した私が受けてきた催眠誘導方法や技法に関しても、同じような形でも行わせていただいております。

 

 

今回の私もそうでしたが、スピリットに伝えたくてもずっと伝えられなかった言葉、また逆にスピリットから伝えられた重要なメッセージなどがあると、その後の被験者の人生が大きく変わる可能性も秘めています。

 

 

これは成し遂げられなかった気持ちが解消できたからこそ、起こり得ることと言えます。

 

 

改めて、人は心の中の思いを遂げることでいかに救われて、その後の人生を前に向かって歩んでいけるかを、自らの身をもって、実感させられました。

 

 

<川本浩司 プロフィール>

Category: ヒプノセラピー(催眠療法)

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